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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)478号 判決

原告 島本禎一

右代理人弁護士 東鉄雄

被告 株式会社大阪読売新聞社

右代表者 務台光雄

右代理人弁護士 中村幸逸

主文

一、被告は原告のために次の謝罪広告を被告が大阪市内で発行する読売新聞の社会面に表題、被告名、原告名は二号活字をもつてその他の部分は他の記事本文と同号活字を以て掲載せよ。

謝罪広告

昭和二七年一二月三〇日付大阪読売新聞市内版に、「我が子七人連れ家出、夫に丸坊主にされた妻」なる見出で掲載した記事は、事実に反した部分があり、そのため貴殿の名誉をきずつけたことを陳謝します、

読売新聞社

大阪市西成区橘通四丁目十一番地

島本禎一殿

二、原告のその余の請求は棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し大阪市内において発行されている読売新聞、朝日新聞、毎日新聞及び大阪新聞に別紙記載の謝罪広告二案の中いずれか一方を本文は三号活字をもつてその他の部分は二号活字をもつて引続き各三回掲載せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、被告新聞社はその発行にかかる昭和二七年一二月三〇日付大阪読売新聞(その後読売新聞と改名)市内版に、「我が子七人連れ家出、夫に丸坊主にされた妻」なる見出のもとに「歳末も押詰つた二八日夜、夫に頭を丸坊主にされた主婦がたまりかねてわが子七人を連れて家出、自殺か親子心中の恐れがあると知人の大正区大正通一の六一会社員山本祥八郎さんが二九日午後三時ごろ西成署に保護願を出した、山本さんの話によると西成区橘通四の一一拳斗家島本禎一氏(四八)の妻愛子さん(四〇)と次女大劇研究生花朱美こと朱美子さん(一八)長男和光君(一六)次男立君(一四)三女宋さん(一一)三男興君(五つ)四男丹君(三つ)四女共ちやん(一つ)の母子で、原因はさる二〇日ごろ長女紅美子さん(二一)が阿倍野区に住む愛人の三宅某氏のもとへ家出したのは愛子さんの罪だと怒り二八日殴るけるのあげく丸坊主にしたものでたまりかねた愛子さんが同夜九時過ぎ子供七人をつれて家出したもの」なる記事を掲載してはん布した(以上を本件記事と称する)

≪以下省略≫

理由

一、被告新聞社がその発行にかかる昭和二七年一二月三〇日付大阪読売新聞(その後読売新聞と改名)市内版の紙面に本件記事を掲載はん布したこと、右記事は被告新聞社の社会部記者仁熊稔の取材によりデスクを経て掲載はん布されたものであることは当事者間に争いがない。

二、しかして本件記事中、原告が真実に反し名誉を毀損されたと主張する主要な点は「我が子七人連れ家出、夫に丸坊主にされた妻」なる見出しと原告が怒り昭和二七年一二月二八日「殴るけるのあげく丸坊主にしたものでたまりかねた愛子さんが同夜九時過ぎ子供七人を連れて家出した」なる本文の記載に帰着するが、本件記事の掲載はん布によつて原告の名誉が毀損されたかどうかを決するには、一般読者が本件記事を読んでいかなる印象を受けるかを標準とすべきことはいうまでもない。そして本件記事はこれを見る読者に対し、一方においては倫理的な反省を促し更に一般的な社会問題に対する関心を呼び起すことが期待されるが、他方においては、原告が甚だ粗暴にして理非を弁えぬ我まま勝手な人物で、いかなる倫理的批難にも値する徒輩であるかのような印象をも与えることは推察に難くない。そうだとすると本件記事の掲載はん布により、原告の名誉が毀損され社会的声価が減ぜられたことは疑のないところである。

三、被告新聞社は本件記事は真実を報道したものである。仮りにその真実性が逐一立証できなくとも、本件記事を取材した仁熊記者及びこれを編集はん布したデスクが真実であると信じたことについて相当な理由があつたものであり、かつ本件記事は公共の利害に関する事実にかかりその目的が専ら公益を図るに出たものであつて、原告筆にちうを加えようとの意図でなされたものでないから、正当な業務行為として違法性がなく従つて不法行為とならないと抗争する。

思うに、本件記事は、夫の暴行を原因とする妻子の家出を中心に取扱つたものであるから、犯罪に関係すると共に一個の社会問題として公共の利害に関する事項であることはいうまでもない。このように公共の利害に関する事実を公表することによつて、他人の名誉を毀損した場合においては、その公表された事実が真実なることの証明があつたときは、特に人を害する目的で名誉を毀損するような事実を公表したものでない限り、不法行為上の責任はなく、又真実性の証明のない場合においても、その事実が真実であると信ずるにつき相当の理由があつたときは不法行為上の責任を免れるものと解するのが相当である。

(一)  ところで新聞記事の真実性を立証するにあたつては、被告の主張するように新聞報道の迅速性の要求から考えて、表示された事実がすべて真実であることの立証を要求するのは難きを強いるものであるから、その主要な部分において真実であることを立証すれば足りるものと解すべきである。そこで、本件記事中、原告の長女が家出をしたこと(但しその日時家出先を除く)及び原告の妻愛子が同年一二月下旬頃、次女朱美子外六名の子女を連れて家出したことの記載が真実であることについては当事者間に争いがないところであり、原告が本件記事中、それによつて名誉を毀損されたと主張する点も、前説示のとおり、まさに、「原告が二十七年一二月二八日夜妻愛子を殴るけるのあげく、丸坊主にしたため、たまりかねた同女が子供七人を連れて家出した」旨の記載にあるのであるから、次に原告の摘示する右の事実の真否について判断することとする。証人山本祥八郎、長井雄太郎の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、昭和二七年一一月中旬頃、原告が長女紅美子の家出は妻愛子の子供に対するしつけが至らないためであると憤激して同女を叱責したところ、愛子は長女の家出の責任をとると称して、自らバリカンでその頭髪を丸刈にした事実、及びその頃原告は長女の家出により一時的に精神の混乱を来し、近隣の婦女松本某を長女と取り違え、これを殴打して傷害を与えたため、同年一二月二六日頃まで大阪拘置所四条拘禁所に勾留された。ところが、愛子は原告が右拘禁所を出所して帰宅する直前子供を連れて家出し、訴外山下昇太郎方に身を寄せたが、同月二八日原告にこれを発見され、一旦原告のもとに連れ戻されたにもかかわらず、同女等は原告の隙を窺い、同夜再び家を出たので、原告は翌二九日山本祥八郎を代理として大阪市西成警察署に対し、同女等の保護を願い出た事実を認めることができる。しかしながら、原告がその頃、妻愛子の頭髪を切つて丸坊主にしたこと、及び、同女に対し殴るける等の暴行を加えたことを認めるに足りる証拠は全くない。もつとも成立に争のない乙第二号証によると、右願出により作成せられた家出人保護願には家出人たる愛子の特徴として、夫に頭髪を切られて丸坊主になつている旨の記載があるけれども、証人山本祥八郎及び吉田忠一の各証言によれば、右家出人保護願は山本が愛子の特徴、家出の原因につき口頭で申告したところを吉田巡査が筆記作成したものであつて、作成後に読み聞かされた形跡もなく、山本がこれに署名又は押印したものでもないことが認められるし、吉田証人は願出人の申告するところをそのまま記載したもので自己の判断を加えなかつた旨証言しているが、山本証人は、「本人が切つたと説明したので係官が原告本人と誤解したのかと思う。本人が頭髪を切つたと申告したが本人とは愛子自身という意味であつた」旨証言していることを考え合わすと、右保護願の右記載によつては前記認定を覆し、原告が愛子の頭髪を切つた事実を認めることができない。従つて、本件記事中、原告がそれによつて名誉を毀損されたと指摘する事項については、真実性の立証はないものと言わなければならない。

(二)  そこで本件記事を取材編しう及び掲載するにつき仁熊記者とデスクに、本件記事中前記の事実が真実であると信ずるについて正当な理由があつたかどうかについて判断することとする。

前記甲第二号証、証人仁熊稔の証言及び弁論の全趣旨を綜合すると、昭和二七年一二月二九日午後四時頃、仁熊記者は取材のため大阪市西成警察署に赴いたところ、当日の当直であつた同署庶務係巡査吉田忠一より、同日原吉の代理人山本祥八郎によつて原告名義で家出人保護願がなされていることを聞知し、右家出人保護願を見せてもらい、原告名義でその妻子九名に対する保護願がなされていること、右保護願には、原告の妻愛子が夫に頭髪を切られて丸坊主になつている。愛子は原告が傷害事件で勾留されている間に起つた長女紅美子の家出につき原告から責められこれを苦にして家出したものである等の記載があることを確認し、更に同署刑事係警察官から原告の人柄や、原告が傷害事件で同署の取調を受けていること等を取材したが、みずから原告や山本祥八郎に面接し、又は同人等方(大阪市大正区大正通一丁目六一番地)に赴いて調査をすることもなく(仁熊証人の証言中調査のため原告を訪ねたが不在であつた旨の供述部分は弁論の全趣旨に照し措信しない)、警察で知つた右各事実を綜合し、これに主観的判断を加えて本件記事の原稿を作成して、これをデスクに提出したところ、デスクも本件記事の真実性や正確性について何ら調査することもなく、そのまま整理編しうして、これを昭和二七年一二月三〇日付の大阪読売新聞市内版に掲載したことが認められる。そして以上認定の諸事実に、前記家出人保護願が前記の如く願出人たる原告本人又はその代理人山本祥八郎の署名も押印もなく、その記載が疑う余地のない程正確なものではないことが容易に理解しうるものであり、しかも右保護願には原告が愛子に対し殴るける等の暴行を加えた趣旨の記載が全くないこと、当時被告新聞社は夕刊を発行しておらず、翌日の朝刊市内版に掲載すべき記事の原稿の締切時間は同日の午後八時ないし九時であつたから(このことは仁熊証人の供述によつて認められる)、新聞報道における迅速性の要請を考慮に入れても、なお本件記事が調査を尽くして真実把握に慎重を期する余裕を許さない程緊急を要するものではないこと及び新聞の惹起する巨大な影響力に鑑み、新聞記事の取材及び編しうの担当者には報道の正確性を確保するために重い注意義務が要求せられ、殊に人の名誉に関係する記事については特に慎重なる取扱が要請せられること等を考え合わせると、結局仁熊記者及びデスクが本件記事の中、原告がそれによつて名誉を毀損されたと主張する事項を真実であると信じたとしても、これを一般に首肯させるに足りる相当な理由があつたものと認めることはできない。

三、以上のように、被告において本件記事中「原告がその妻愛子を殴るけるのあげく丸坊主にしたためたまりかねた同女が子供七人を連れて家出した」趣旨の記載部分が真実であること及び、本件記事の取材編しう掲載及びはん布に当つた被告新聞社の仁熊記者及びデスク等が真実であると信じたことにつき相当な理由があつたことを立証するに至らない以上、原告に筆ちうを加える意図があつたか否かの点について判断するまでもなく、本件記事の作成編しう掲載及びはん布の行為が正当な業務行為であるとの抗弁は採用する余地はない。

四、そうだとすれば、本件記事の作成掲載はん布の行為は、被告新聞者の被用者たる取材記者及びデスクの不法行為であり、右被用者の選任監督につき被告新聞社において相当の注意を払つたとする主張及び立証のない本件においては、被告新聞社は民法七一五条に従つて右不法行為に基く名誉毀損の責任ありといわねばならない。従つて被告新聞社は原告の請求に基き毀損された原告の名誉を回復するに適当な処置をとる義務があり、以上認定の諸般の事情にかんがみ、これが処置として、被告新聞社は、大阪市内で発行する読売新聞の社会面に主文第一項掲記のとおりの謝罪広告を掲載すべく、これを以て原告の名誉は回復せられるものと考えられるから、原告の本訴請求はこの範囲内においては正当として認容し、その余は棄却することとする。

よつて訴訟費用の負担につき民訴法九二条但書を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎)

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